Ryuji's room / 放射線科専門医 佐志隆士

コラム 艱難辛苦の遠隔読影

診療放射線技師Mさんからのメール

2004年11月東京で働いているという診療放射線技師Mさんから、肩関節MRIの撮影方法について質問メールを貰った。判る範囲で返事を書いた。このように知らない技師さんから、撮影方法等についての質問メールはたまにくる。たまにしか来ないので返事は、何時も書いている。数回のメールの後、M技師が働いているメディカルサテライト八重洲クリニックの肩関節MRIだけの遠隔読影をしてくれないかというお願いメールが来た。依頼元の整形外科医が満足するレポートを書いて、依頼を取り戻して欲しいというchallengingな要望であった。このクリニックでは優秀な放射線科専門医が読影を担当しているのだが、肩関節MRIは苦手ということであった。
撮影される機会が少ない肩関節MRI読影を得意にしている放射線科医は希有であると想像される。私はたまたま、1994年に秋田大学整形外科講師になられた井樋栄二先生から、肩グループに参加させてもらって以来、肩関節MRI読影三昧の日々を送っている。

*井樋栄二先生はその後、どんどん、ずんずん出世され、現在は東北大学医学部整形外科の教授になられて活躍されている。

画像診断センター

丁度その頃の私は、ベクトル・コア社「手にとるようにわかる骨関節単純X線写真」の執筆を開始した時期であった。定期的に東京に行って編集者と打ち合わせをしていたので、メディカルサテライト八重洲クリニックに行ってみることにした。
東京駅八重洲北口のすぐ近くのビルの9階に、この画像センターは存在する。東京駅の周囲には○×クリニックだかが多数存在している。ごちゃごちゃと林立している雑居ビルの一つであり、正直探すのに苦労した。また『クリニックは狭い』という印象を持った。しかし、仕事内容や画像診断クリニックの説明をしてくれたI事務長は真面目で感じが良かった。
メディカルサテライト八重洲クリニックは画像診断センターで1.5T MRI、2台と多列CT、1台を持っており、東京近辺の病院、医院から依頼を受けてMRI, CTの撮影をして、画像と診断レポートを依頼医に戻す仕組みである。私は「この仕事で失うモノも無いし、読影を引き受けても良いか・・・」と思った。後に失うモノが生じる・・・・・

* 現在は神田分院が出来て、3T MRIも二台稼働している。つい最近まで東京駅近くは土地バブルで、一つのビルの中に4台のMRI装置をどうしても入れることが出来なくて、仕方なく、神田分院にしたとのことである。

我が家の居間に端末が届く

I事務長から「読影端末は何処に置きますか、自宅でも大学でも構いません。」との申し出があった。秋田大学に正式な兼業届けを出すとしても、幾ら便利でも大学内は、まずいだろうと思った。大学の回線や講師室を使うのは問題が生じる可能性がある。自宅に読影端末を置いて貰うことにした。我が家のネット回線端子は居間に接続されていた。居間には食卓もテレビもあり、我が家の団らんの場であった。ここに突如、読影端末PCとモニター3面が設置された。
読影端末は秋田大学で使っている、サクサク動くSYNAPSEと比べると遅い。一般のインターネット回線を使っているのだから当たり前である。ただし、添付画像へのドロー機能はSYNAPSEより格段に優れている。
肩関節MRI読影所見は微妙なので、画像にドロー機能で矢印や記号を入れて、明瞭に病変部位を示したい。その願いは、叶っている。

八重洲クリニックから届いた読影端末

ぐうたらな私

私が医師免許書を持った放射線科医であることを家族は知っているが、私のことを医者だとは思っていない。体調が悪くても、私に相談することなく、勝手に医療機関を受診している。それに大変な怠け者と誤解されている。家ではまず何もしない。片付けは嫌い、整理整頓は遺伝子上に問題があり出来ない。また秋田で重要な仕事である『雪かき』、『タイヤ交換』も出来ない。一方、原住民の家内は女性であるにも拘わらず(念のため)、『雪かき』名人であるし、『タイヤ交換』も出来る。『雪かき』は町内会で一番の腕前である。雪が少しでも積もればパブロフの犬のごとく『雪かき』を始めて、しかも龍安寺(りょうあんじ)の石庭のごとく美しく仕上げる。私は、エアロビクスは出来ても『雪かき』は出来ない。
私は朝早く仕事に行って夜遅く帰宅し、土・日、休日も病院へ出かける。しかし、「お父さんは仕事はしていない」と家族から思われているに違い無かった。事実、病院にいると気持ちが安らぐので、無意味に病院に生息する傾向はある。

「得たモノ」、「失ったモノ」

読影端末が自宅に備え付けられたので、早く帰宅して遠隔読影をするようになった。肩関節MRIの読影が始まると私は変身する。まず一心不乱になる、口も利かない、休憩もしない。
メディカルサテライト八重洲クリニックから送られてくる症例は秋田では経験出来ない珍しい症例が多い。「イタリア、アルプスで200m滑落した」、「フラダンスをして肩を痛めた」、「アルティメット・フライングディスグ(Ultimate Flyingdisc)で脱臼した」・・・・・└|∵|┐♪┌|∵|┘・・・・・等々である。興味ある症例、予想外の所見が多いこともあり、時間が経つのを忘れて読影してしまう。家族はテレビを消して、居間からいなくなる。
私が得たモノは、「お父さんの働く姿を家族に初めて見せることが出来たこと」である。お父さんのことを少しは尊敬してくれたかもしれない。(淡い期待)また、興味ある症例の数々は私の宝でもある。最初は1症例の読影を1時間程かけて読影していた。このままでは睡眠時間が無くなると、砂時計を置いてみたり、ストップウォッチを買ってみたりして、時間短縮を図っている。最近はようやく簡単な症例なら30分程で書けるようになってきた。しかし、読影件数も徐々に増えており、私の「自由時間」はどんどん、ずんずん無くなって来ている。

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