アメリカ留学記 ~艱難辛苦の米国留学~
-悲しかったり、楽しかったり、いじけたり、頑張ったり-
46 出た! ゴキブリ ((≧Д≦)ww
私はアメリカ映画の入浴シーンように湯船に泡をいっぱい立ててゆっくりくつろいでいた。隣の目障りな便器の蓋は閉め、布をかけ、豪華なキャンドルを灯していた。(*)私はやっぱり日本人、お風呂が一番くつろぐ。足を充分に伸ばせる縦長の湯船であった。日本の湯船と比べると、浅く、幅もやや狭めであるが、肩を沈めて、下手に足を伸ばせば、溺れかねない長さであった。・・・・・と、バスルームの遠い視界の下端に黒い物体が動き、洗面台と壁の隙間に消えて行った。(**)背筋に冷たいものが走る!!ゴキブリだ。
ゴキブリなんかは子供のころは平気だった。しかし、秋田に来て清潔付きの家内と結婚したためか、地位と財産と名声を得たためか、虫の類は苦手になってしまっていた。秋田の家では虫を退治するのも当然、スパルタンな妻の仕事である。米国での我がアパートは、驚く程、清潔で、私は快適な日々を過ごしていた。しかし、ゴキブリ捕りのTVコマーシャルもやっており、温暖な南部アメリカ・ダーラムにゴキブリさんがいないハズは無かった。(***)
出現したゴキブリはクワガタ虫のようにすこぶる発育がよかった。(****)感心するより、恐怖が先立った。心強い家内は子供達と秋田で暮らしている。ここアメリカでは孤立無援である。浴槽を飛び出して、ベットルームで体をすばやく拭いてパンツをはいた。大切な部分を無防備にするわけにはいかない。洗面台の裏の隙間から不用意に出て来たゴキブリを果敢にもスリッパで射止め、おそるおそる新聞紙で二重、三重にとくるんだ。我がアパートの危機からは、とりあえず救われた。温室育ちで、気も弱く、運動神経の鈍い私としては上出来で、自分自身の勇気と行動を褒めたたえた。
しかし、ゴキブリ出現はこの日だけではおさまらなかった。台所とバスルールには小さなゴキブリが、また、大きなゴキブリが、ベットルームにまで現れた。アメリカのベットは床から随分と高く出来ているのだが、「ゴキブリが毛布の中に入って来たら」と思うと、枕を高くして就寝することはできなかった。
そもそも、美しい木造のアパートは深い森の中にあり、私に黙想の時間をたっぷりと与えてくれていた。飛び交う英語で気も狂わんばかりの私を癒してくれていたのだ。ところがゴキブリの出現で、黙想どころか大切な勉強、執筆も出来なくなってしまった。
私の安心安全をとりもどすべく、スーパマーケットにゴキブリホイホイを買いに行った。店内は広く、何処に売っているかどうかさえ判らない。店員に聞けば良いのだが、英語で「ゴキブリホイホイの‘ようなもの’は何処ですか?」と、尋ねるのは億劫困難であった。しばらく探して、ゴキブリホイホイらしきものを見つけた。ゴキブリはコックローチというらしい。小さなゴキブリ用、大きなゴキブリ用といろいろ売っている。金に糸目はつけず、大小、数種類買った。説明書を読むと、大きなゴキブリは玄関から侵入し、小さなゴキブリは排水溝から侵入すると書いてある。玄関近くには大ゴキブリ用、バスルームや台所には小ゴキブリ用、各部屋にもゴキブリホイホイの‘ようなもの’をこれでもか、これでもか、と設置した。暫くは不安であったが、それ以来、ゴキブリさんは出現しなかった。帰国するまで我がアパートの平和は守られた。くわばら、くわばら。
(*)
アメリカではどの家庭の部屋も暗い。蛍光灯などは無いのが普通である。欧米人は眩しいのが苦手なのである。それでロウソクを売って店も多く、種類も沢山ある。
(**)
大きな洗面台、トイレ、そして湯船の3点セットが“バスルーム”であり、体の洗い場は無い。Takiさんのお家にあるのはシャワールームだけだったが、バック・ヤードにジャグジーがあり、蛍や星空を眺めながら入浴できた。子供部屋にも別個にバスルームがある家もあった。(どうも湯船にお湯を張って家族で順番に入るという習慣は無いらしい。おそらく親子で入る習慣もなさそうである。)医者の家庭に招待された時は、必ずのように各部屋に案内された。オーディオ・ルーム、トレーニング・ジムとかがあったりして、日本では考えられないような豪邸も多い。
(***)
テレビ画面一杯にゴキブリがうごめくCM があり、“ブラウン管を壊した視聴者が続出した”とテレビニュースがCM映像とともに報じていた。
(****)
テレビで日本のカブトムシ相撲が紹介されていた。私は日本を懐かしく見ていたが、美人アナウンサーはカブトムシを見てweird(不気味)と言っていた。