Ryuji's room / 放射線科専門医 佐志隆士

アメリカ留学記 ~艱難辛苦の米国留学~

-悲しかったり、楽しかったり、いじけたり、頑張ったり-

21 Duaneとの一泊二日旅

土曜日の午後から日曜日を利用し、Duane(日本好きの黒人青年)と、二人だけの旅行に初めて行きました。英語個人レッスン、運転手、旅行ガイド付きという訳です。私が住んでいたNorth Carolina は東西に長い州で、Interstate40注1.を西へ西へ、5時間程ドライブして、Appalachia山脈に近いAshevilleに行きました。宿泊するmotelは、私が予約していたのですが、迷ってしまいました。私が電話で“15”と“50”の聞き取りを間違えたのが原因でした。注2.

Ashevilleは情緒のある街で、美味しい日本食も食べることが出来ました。米国の海苔巻きは全部裏巻です。米国人は海苔(Seaweed注3.)に対して不気味で不吉な印象を持っているらしいのです。

日曜日の朝、ホテルのfrontに無くしたと思っていた道路地図がそのまま置いてありびっくりしました。何でも無くなる、治安が悪い米国ということになっていますが、所変われば、状況も違うというのが多様性の国、アメリカです。

午前中はBiltmoreEstateと30ドルで公開されている100年前の邸宅を見学しました。個人の邸宅としては米国最大ということで、部屋数250、“家”の中に大きなパイプオルガン、ボーリング場、プールがあり、地下には使用人達の部屋がありました。

鉄道で財をなした大金持ちが贅沢の限りを尽くした邸宅でした。素晴らしいのですが、文化、歴史のない米国の浅薄さを感じたというのが正直な感想でした。Indianが住んでいる未開の土地に欧州からやって来た人間が建てた邸宅だからです。その後はChimney Rock Parkという岩山に登りました。私は高所恐怖症ですが、道が木の柵で囲われているので安全でした。木の柵には温かみがあり、自然を損なっていませんでした。岩山の頂上では絶景を堪能することが出来るのですが、そこに星条旗がはためいているところが、いかにも米国でありました。

ところで、この二日間は英語で喋りつづけていました。留学して、骨軟部画像診断の勉強・仕事をしていると言っても、そう英語で話続けている訳ではありませんし、会話の内容が、MRIやX線撮像の読影についてですから、大した英語力も必要ではありません。大部分の米国人は私同様に喋り好きです。Duaneとも色々な話を二日間、ずっーと喋りつづけていました。その時は英語で喋っている意識は消えていました。

必要なことは自由に言えたし、Duaneの話も完全に理解出来ていると感じていました。Duaneは頭も良いし、日本人慣れしているので、私が理解出来るように話をしてくれていたのだと思います。

たわいもない話をつづけていたのですが、運転をしているDuaneが突然「差別をされる黒人の気持ちが判るか?」と尋ねて来ました。私も日本人として米国社会の中では、差別を受けてはいましたが、Duaneの重々しい口調にはただならない雰囲気が漂っていました。

私は、「判らない。“判ると”言うのは簡単だが、“判らない”と言うべきなのだと思う。」と答えました。Duaneは黙って、ただ頷きました。

13ヶ月間のDuaneとの密なつき合いの中で、黒人差別の話をしたのはそれが最初で最後でした。

ーつづくー

1.Interstate40Interstate40 は太平洋岸のカリフォルニアから大西洋岸のノースキャロライナを結ぶ大陸横断州間高速道路です。

2.“15”と“50”15はfifteenで後ろにアクセントがあり、50はfifty は前にアクセントがあります。英語で12~19は20~90と日本人には混同しやすい単語です。

3.SeaweedWeedは雑草ですが、寡婦の喪服という意味もあります。

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